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2019年度 理事長所信

「独立自尊」

~ 己の行動こそが  一生を決める ~

第39代理事長 石川 哲也

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<はじめに>

 自分は何者で、これまでどのように生きてきたのか。そしてこれからどのように生きていくのか。

 私が自分の生き方について本気で考えるようになったのは、青年会議所に入会をしたことがきっかけでした。ちょうど長女が生まれ、父親としての重い責任を持つようになり、それまで自分のことだけを考えていればよかった生き方から、大きな転換を迎えた時でした。

 青年会議所での活動は、それまで自分のことばかりを考えて生きてきた私にとってとても新鮮で、学ぶことが多く、日に日にのめり込んでいきました。私が地域に根差した活動を行うことは、愛する家族や仕事の大切な仲間たちのためにも必要なのだと思って活動していましたが、青年会議所活動にのめり込むにつれ語り合う時間が削られ、家族や仲間たちと一緒にいてあげられず寂しい想いや苦労を掛けていることに後ろめたさを感じることもありました。しかしそれでも一企業のリーダーとしての義務感から、自分は会社の看板を背負ってこの場に立っているのだと考え、自分のため家族のためそして会社のためにと信じて、自分自身を奮い立たせる日々を過ごしました。

 7年間の青年会議所活動を通じて多くのチャンスに恵まれ多くの学びを得ました。自分のことで精一杯となり、できない事に対してできない理由を探してしまう時期もありましたが、そのような時に青年会議所で出会った先輩から、青年会議所の歴史について教えて頂く機会がありました。

 敗戦間もない1949年9月3日、「新日本の再建は我々青年の仕事である」という言葉で始まる設立趣意書にある通り、一面焼け野原の中で、食べる物も住むところもなく絶望が蔓延する時代に、その時代の私たちと同じ世代の青年たちが志を掲げ、ひと・まち・くにのために立ち上がりました。今の私たちが住み暮らす社会と比較し、極めて苦難に満ちていると言える状況の中、その苦難に勇気を持って立ち向かった先達がいたからこそ、今の私たちの豊かな生活があるのだと知ったのです。

 私は同世代の一人の日本人としてこの先達に恥じない生き方ができているだろうか。明るい未来を信じ、強い使命感を持って全力を捧げてきた先達が、今の私たちを見てどう思うだろうか。

 いつしか次第に家族や仲間を背負っているという義務感は、家族や仲間たちの幸せを強く願う想いとなり、それを実現するためには私自身が更に大きく成長する必要があるという使命感へと代わり、またいつしか家族や仲間たちが住み暮らすこのまちそのものの発展を願う志へと代わりました。

 「まち」とは「ひと」であり、「ひと」とは「自分」である。これは私がJC生活の中で得た真理です。

 そこに住み暮らすひとの進化や発展こそがまちを明るく豊かにします。このまちの未来のために、情熱を持って全力で行動することは、今の時代を生きる私たち青年の使命なのです。

<前提として:取り巻く社会情勢>

 人口減少がもたらすリスクについて、様々な学者や専門家の意見は未だ一致しておらず、まさに混沌とした時代を迎えています。しかし事実として日本は2008年をピークに人口減少社会へ突入し、私たちが住み暮らす狭山市に於いても少子化と高齢化が急激に進んでいます。

 労働力人口の減少は経済規模の縮小とイコールであり、働く人よりも支えられる人の方が多くなることで成長力が低下していくという悪循環が生じる恐れがあります。

 私たちが住み暮らす狭山市も2040年までに3万人の人口減少が予測され、9万人いた労働力人口は6万人となり、人口の40%が高齢者となることが確実視されている中、私たちはまちの未来を正確に予測出来ているのでしょうか。今の豊かな社会を子供たちに残すことが可能なのでしょうか。

 この時代を生きる青年世代として、先達に恥じぬよう強い当事者意識を持ち、この負の連鎖を断ち切るべく地域の在り方を考え・学び・実践し、次代へと明るい豊かな社会を引き継がなければなりません。大切なひとたちを守るために、私たちが自らの生き方について確固たる芯を持ち、今すぐ行動に移さなければならないのです。

<青年会議所会員について>

 なぜ狭山青年会議所の会員数を増やさなければならないのか。答えは一つです。

 先達より受け継いだ豊かに発展したこのまちを、より豊かにそして持続的に発展させ、次の世代にしっかりと引継ぐ必要があるという理由のほかはありません。

 まちの未来を創る青年世代が、このまちの明るい未来や現在抱える諸問題を語り合い、これまで深く考えることのなかった、「まち」とは「ひと」であり、「ひと」とは「自分」なのだという当事者としての意識を高め、そこに住むひとやまちのために行動するという一人ひとりの積み重ねが、結果としてこの団体を輝かせ、このまちを強く豊かにすることにつながるのです。

 私は入会のきっかけや動機に拘りません。入会した者の意識をどれだけ積極的に変革することができるか、という私たちの日々の活動の方が大切だからです。全国的に会員数が減少している中ではありますが、環境や時代に原因を求めても何かが変わることはありません。このような時代だからこそ入会者数という数値を残すことが重要であり、それは結果としてこのまちに希望を生み出します。だからこそ全メンバーで会員拡大運動に取り組む必要があるのです。


 また青年会議所へ入会したものの活動の意義や意味を見出せず、退会してしまうメンバーをこれまで少なからず見てきました。それは何故なのか。この答えも一つしかありません。

 私たちの日々の言動・行動・思想・価値観それら全てに原因があるのです。相手に原因を求めず、まずは私たち自身がきれい事や不満を口にするのではなく、青年会議所運動に自信と魅力が溢れる言動・行動を行なう必要があり、入会したことを誇りに思える団体となるよう日々取り組まなければなりません。また入会間もないメンバーを対象に、このまちをより豊かにするために、そしてこのまちの未来のために私たちが何をすべきかしっかりと伝え教えていくことが重要なのです。

<さやまの未来について>

 少子化と高齢化が急激に進み、且つ25歳から34歳の年齢層が転出超過となっている狭山市に於いて、まさに激動の時代を迎えています。
 日本国全体の景況感は改善の兆しが見えるものの、製造業を中心とした産業構造を持つこのまちで、進行するグローバリゼーションからなる労働力の移転や大手企業の移転は、雇用機会の減少だけでなく市の財政にも大きな影響を与えます。また郊外型の大型店舗や大手企業の進出により、価格競争力や品揃えが十分にできない市内中小企業の経済環境は悪化の一途を辿ります。
 このままこのまちが変わらずに進み、果たしてそこに住み暮らすひとたちは豊かな生活が送れるのでしょうか。医療・介護・教育・インフラといった公共サービスの質の低下は、住み暮らすまちの魅力を著しく低下させ、定住人口を引き下げる要因となりかねません。

 私たち青年世代が為すべきことは2つあります。
 1つ目は10年後・20年後を見据えて人口構成や産業構造などを踏まえてまちの未来を正確に予測し、理想や想いだけでなく、人が求めるまちの魅力とは何か、社会情勢や私たちに実現できることを踏まえた具体的な長期ビジョンを策定し、1つ1つ確実に実行し成果を残すこと。

 2つ目は狭山市の未来を占う各選挙に向け市民の関心を集め、候補者の主義・主張・政策について明らかにし、投票率の底上げをすることで市民主体のまちづくりを加速させること。

 現在、私たちは何に向かって生きているのでしょうか。日々の生活に手一杯になってしまい、未来をしっかりと見据えた行動がとれていないのではないでしょうか。メディアやネットが垂れ流す偏った情報や誤った情報に翻弄され、漠然とした現状認識のままでは明るい未来を描くことはできず、また実現可能性を無視した理想論だけで人の心は動きません。
 自らの行動によって得ることのできる活きた情報から論理性と具体性を加味し、更には多くの市民から共感を得られる高度な長期ビジョンを持つことは、私たちの行動に一貫性を持たせるだけでなく、今の時代に求められる団体としての魅力であり素養でもあります。そして何より、未来を担う私たち青年世代がまちの未来を正確に予測し把握することによって、青年経済人としての資質は高まり、それがこのまちをより発展させる活力となるのです。


 また2016年に公職選挙法一部改正により、満18歳まで選挙権年齢が引き下げられました。しかしこれまで投票率の低下は度々問題視されており、特に他の世代と比較して10代から30代までの若年層の投票率は低く、少子化社会が進む中その格差は一段と広がっています。それは未来を担うことになる若年層の抱える意見や問題が政治に反映されにくい状況となっていることは間違いありません。
 政治への興味・関心を高めることは、当事者としての意識を高めることにつながります。またこれまで以上に広い層が選挙に参加することによって、より民意が反映された未来志向の政治が行われ、市民主体のまちづくりを加速させることができるのです。

<自分自身について>

 ひとについて語る時、まずは自分自身を見つめてもらいたい。まちづくりの原点は「ひと」であり、青年会議所という組織も一人ひとりのメンバーから成り立っています。より効果的な活動・運動を行っていくには一人ひとりのメンバーが資質を向上させることが不可欠であり、このまちの発展のために私たちは地域を牽引するリーダーとなるべく社会と時代のニーズを感じ取り、日常生活の中では得ることのできない様々な感性に磨きをかけることに貪欲になる必要があります。

人間の身体は個人差があれど負荷を掛けた分だけ成長するものです。同様に資質とは体験の質と量に比例して磨かれていくものです。できない理由ややらない理由を探すことをやめ、どのような結果になろうとも私たち一人ひとりが多くの体験を求めて行動することによって、おのずと自身の資質を向上させることにつながるのです。

私たち一人ひとりの魅力が組織の魅力となることを忘れてはいけません。私たち一人ひとりの力がまちの力になるのだと、強く自覚しなければならないのです。


<創立40周年に向けて>

 これまで多くの先達が額に汗してこの活動に取り組んでこられ、信頼を積み上げてきてくれました。その歴史の上に今の私たちがあるのだということを忘れてはいけません。新たな出会いと経験を生んでくれたこの活動に感謝と敬意を示し、これから先の青年世代のためにこの団体が未来永劫続くように行動することは、それを感じた者の責務であり今を生きる私たちの使命なのです。

 40周年に向けメンバー一丸となって、狭山青年会議所という団体を広く市民に発信できる事業を行い、さらに信頼を積み上げていくことが必要なのです。


<組織運営について>

 情報技術が革新的に飛躍し、これまで届けることのできなかった情報を広く、且つ正確に発信することができるようになりました。しかしそうした技術の進歩とは裏腹に、狭山青年会議所での活動の日々は、私たちに広報の難しさを改めて教えてくれました。

 この問題を解決するためには、これまで継続的に行ってきたから、やり易いからなどという考えを改め、一から広報活動を見直す必要があります。39年間という伝統ある狭山青年会議所、だからこそできる広報があり、既成概念に捉われることなく積極的に新たな広報活動を行う必要があります。

 また「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」という言葉にある通り、どのような好機や条件も組織内の結束に勝るものはありません。

 会員同士の結束を強める会員交流事業はもちろんのこと、日々の活動を支えてくれている会員の家族や社員、仲間などを交えた交流事業を行うことで理解を深めて頂き、一つの大きな家族のような団結力ある組織を目指します。


<結びに>

 独立自尊とは、人任せにせず自ら道を切り拓く力を持つことです。

 私たちは数ある選択肢の中で、自ら判断し選択し続けてきた結果、今の生活があり環境があるのであって、全ての原因は自分にあるのだということを改めて強く自覚しなければなりません。しかし一方で、別の何かをしていた時間を削るという私たち自身の選択によって、少なからずその犠牲となった人たちがいます。

 時間は有限であり、誰にも平等に与えられます。青年会議所活動に限らず何か新しいことを始めるということは、別の何かをやめることであり、だからこそ平等に与えられた時間をどのように生きるのか、ということに強く拘って欲しいと思っています。

 誰のために何のために汗をかくのか、みなさんにも今一度自分自身を見つめ直してもらいたい。自分が背負っている全てをもう一度見つめ直し、自覚して欲しい。自分のためだけに行動する人を見て魅力を感じるのか。環境や他人に原因や責任を転換する人を信頼できるか。あなたはそんな利己的な人間を支えたいと思えるのか。自分が変わらなければ何も変えることはできない。そのことを一人ひとりが改めて自覚し、自ら信頼ある行動をおこして頂きたい。その行動こそが唯一自分自身を大きく成長させ、我々が住み暮らす地域社会の発展につながるのだから。

 今、あなたは転換期を迎えている。

 良くも悪くも己の行動で人生が決まる。

 現代社会の中で時間に余裕を持つ人なんてほとんどいません。限られた時の中だからこそ、その中でおこした行動は必ず貴重な経験となり、多くの信頼と学びを得ることができるのです。まちづくりやひとづくりの前に、まずは己を律し自分づくりから共に始めようではありませんか。

 自分は何者で、これまでどのように生きてきたのか。そしてこれからどのように生きていくのか。

 将来、この時期を振り返ったときに「ああ、あの時あの経験があったから今の自分があるんだ」と心から誇れるような、そんな価値ある時間を共に共有し、共に成長して参りましょう。

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